茂倉のカリスマ電力マン

 1999年3月8日、山梨日日新聞をご覧になったでしょうか? 「明かりをつくる谷に生き」という見出しで、「電力マン」彦二(よしつぐ)さんは 1ページにわたって紹介されています。そこには、発電所での厳しい自然との闘いをはじめとした仕事ぶりや、個人史について詳細に記されており、読者に勇気と感動を与えています。
 彦二さんと妻のななえさんは共に茂倉の出身です。茂倉には、猪や猿が昔よりもよく来るようになったそうです。最近の猿は人にも驚かず、食べ物を何でも持ってく困り者です。茂倉は雪は少ないのですが、春の雪に限っては新倉と比べて随分積もることがあります。茂倉には40cmの雪が積もっているのに、新倉では全く積もってなかったということもあるほど。ただお二人とも茂倉に関しては、「いいとこだ。ここは」と繰り返しているのが印象的でした。その理由は「人情」だそうです。
 少年時代の彦二さんは、2階から乗るような竹馬で遊んだり、丸太から車を作って新倉まで下ったりしていたそうです。その他にも輪転がし、ずんぐりゴマなどの遊びを図に描いて説明して下さいました。
 彦二さんは今までに、水墨画、バイオリン、ギター、アコーディオン、尺八、彫り物、三味線、琴、詩吟、民謡、横笛など様々な趣味に取り組んできました。中でも尺八は、師範の免許を取得するほどの腕前で、昭和30年1月15日の県民会館のこけら落としで演奏しました。実際私たちの前で、昭和29年来使用している愛用の尺八を取り出し、その凄腕を披露して下さいました。
 さらに、ななえさんに促されて横笛とりだすと、小正月の獅子舞、神寄せ、御輿の曲を次々と披露。迫力の演奏に私たちは酔いしれました。 2本の横笛のうち1本は、今は亡き新倉の先輩からその腕前を認められ譲り受けたものだそうです。現在は新倉にも吹き手がなく、茂倉の貴重な演奏者です。
 続いてさらに、美しい木魚を取り出してくださいました。果たして、彦二さんは木魚の貴重な演奏者なのでしょうか? 答えはその予想をはるかに越えていました。なんと、その木魚は彦二さん自らが作ったものだって!!欅の木をくりぬいて作ったもので、龍が玉をくわえてる姿はお見事でした。そのあまりもの精巧さに、私たちの目は釘付けになりました。

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彦二(よしつぐ)さん

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