まだまだ働きたいねぇ

 ちょうど夕御飯の時間に伺ったところ、さつまいもとピーマンの天ぷら、さらに柿を干したものが出てきました。どれもとてもおいしくて、ついつい全部食べてしまいました。
 福子さんは茂倉で生まれ育ったそうです。小学校は4年生まで茂倉の分校に通い、5年生から三里小(今の北小)まで歩いて通ったそうです。茂倉の自宅からは1里ほどあり、帰りは1時間以上もかかったそうです。むかしは茂倉の人も新倉の人も十谷峠を越えて鰍沢に買い出しに行きました。片道だけで3時間以上かかり、その苦労はかなりのものだといいます。それでも、早川は人ごみもなく、静かでのんびりしていてとてもいいそうです。
 そんな話をしていると、ご主人が犬の散歩から帰ってきて、そこから本格的に宴が始まりました。ご主人は茨城の下館出身で、発電所の関係で早川の西山に来たときに福子さんと出会われて、結婚しこちらに住むようになりました。最初は言葉の違いなどに苦労されたそうですが、今はここが住みやすいといいます。さまざまな仕事をしていて全国各地をまわったそうです。趣味は馬・自転車・ボート・バイクだそうです。横浜に住んでいたことがあり、そのときにそういう遊びを覚えたといっています。この辺では投票券を買う場所がないため、バスで身延まで行きそこから電車で甲府、さらに石和まで買いに行くそうです。今は林道の工事などの仕事をやっていますが、もっぱらそういう遊びのための小遣い稼ぎだといいます。実は福子さんにも趣味で玉打ちをやるそうで、月に1~2回は隣町までくりだすそうです。子供の頃は茂倉のお宮に行ったりむくやメンコで遊びました。今の子はテレビゲームばかりやっていてよくないといいます。なるほどその通りですね。そんなお話を聞いていると、今度はビールに大根の漬け物が出てきました。大根は自家製でとてもおいしかったです。大根の漬け物をおいしく作るこつは色を加えずに柿の皮を一緒につけることだといいます。そうするとうまく甘味が出るそうです。今度はラーメンが、さらにウィスキーが出てきました。ご主人はお酒が好きで、今でこそビールしか飲んでいませんが、昔はウィスキーも飲んでいたといいます。昔は新倉も賑やかで、飲み屋もあったといいますが、今では寂しいものです。若い人が入って来るための職場とお年寄りがいつまでも働けるような職場があればよいといっていました。60を過ぎてもまだまだ働きたいとおっしゃっていて、とてもバイタリティーのあるご夫婦でした。

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福子さん

居住地 三里地区 新倉
取材日 2001/12/06