山小屋のドン

 早川町では、材木関係の仕事に携わる人が多かったようであるが、同じ材木に関する仕事でも、1人1人違った話が聞けてなかなか興味深いものがある。今回取材させていただいた信明さんは、20歳くらいから40歳過ぎまで木の伐採の仕事をしていた。当時、山に入って仕事をする時は、何ヶ月も山小屋に泊まり込みながら、全国から集まってきた人たちと一緒に共同生活をしていたらしく、夫の留守中に家を守っていた奥さんが寂しかっただろうなと思う。この山小屋での生活は楽しいものだったとうかがっているが、厳しい規則もあり、喧嘩をした時などは、木にしばられて、2度としないと約束した者だけが許された。早川町でも、信明さんに怒られた人がいるんだろうなと、当時の様子をつい想像してしまう。
 ところで、私は早川町が発電の町だと知ったのは、恥ずかしながら今日が初めてだった。発電所は15カ所もあり、そのせいで川の水量がかなり減ってしまったということで、漁業組合では、イワナやヤマメなど川魚についての問題がよく取り上げられたらしい。水量が今よりもたくさんあった時は、仕事の合間に魚釣りをして、釣れた魚が食卓をいろどっていた。この辺りの川ではウナギがとれたらしく、置き針という仕掛けを夕方に取り付けて、次の日の朝方見に行くと、たいていウナギがかかっている。現在のようなかば焼きという食べ方はなかったので、くしにさして焼いて食べたらしい。ウナギの長さにくしがついていかないのではないか、という余計な心配しつつも、豊かな自然が溢れる食生活が羨ましいなと感じた。

  • 山小屋のドン

信明さん

居住地 五箇地区 古屋
取材日 2002/03/03