みんなでがんばろう!

 薬袋の中でも若手に属している正昭さんは、役場に勤めています。学校を出てからは薬袋の実家から3年間ほど会社勤めしてたのですが、思うところがあって役場の方に勤めることにしました。生まれてからずっと薬袋に住んでいる生粋の薬袋っ子です。
 確かに若いときは都会の方に出たいという思いはあったそうですが、自分は長男だからということで、こちらの方で頑張る気持ちになったようです。役場に入った頃は青年団の活動も活発で、みんなで遊びに行ったり、他の町の青年団と交流したり、勉強会を開いたりしていました。でも、10年ほど経ったら青年団もそのようなことを行わなくなってしまったそうです。今は地区の仕事が多くあります。若手が少ないことから、何でもこなさなくてはいけないけれどそれは務めだと思って頑張っているとも語ってくれました。
 正昭さんが小学生の頃、今畑になっている部分は一面桑畑だったそうです。その当時多くの家では養蚕を行っており、正昭さんの家でも昭和58年まで行っていました。養蚕は家族総出で行っていたそうで、正昭さんもいろいろとお手伝いをしたそうです。小学校から帰ってくるとしょいこが置いてあり、それで桑の葉を運ぶ手伝いをしていたそうです。当時は遊べなくて嫌だったけど、みんなやっていたことだからしょうがないと思っていたそうです。
 小学生の人数はその当時1学年17人もおり、ビー玉、面子、ゴム管、かくれんぼなど色々な遊びをしていたそうです。今とは大分違いますね。
 最後にこの早川町にどのようになってもらいたいかを聞きました。
 昔は子どもの声がこの早川町に響いていたが、今は聞こえない。人口が増えて活気ある町になればいいが・・・早川町のいいところは四季折々の風景があるところ。その風景をもとに、一人でも多くの人に早川町に来てもらって、活気づけてもらえるといい。戻ってくるのが一番いいが外の人も来てくれるとなおいい。そのためには働く場所の確保ではないか、ということを言ってくれました。また、今はいる人たちで頑張るしかない!と決意も新たに言ってくれました。

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正昭さん

居住地 五箇地区 薬袋
取材日 2000/03/21