守るべきもの
西山温泉を代表する旅館、蓬莱館の館主、天野さんにお話を伺いました。
昔から、蓬莱館のお湯は胃腸に効くといわれています。“湯十日”といって、10日間入ると胃腸が良くなるのだそうです。この言葉からもわかるように、蓬莱館、そして西山温泉は、昔から湯治場として栄えていました。お客さんが多かった頃、蓬莱館と、もう一軒の旅館に入りきれないお客さんが来ると、周辺の宿に泊まって2つの旅館が空くのを待ち、それでも収容しきれないほどのお客さんが来ると、町の入口である早川橋の所に「満員御礼」の札をかけていたほどだったそうです。また、病気で入院していたような人が、退院後に養生に来るということも多いそうです
湯治客は、長期滞在なので自炊します。そういうお客さんが多かった頃は、朝になると、館内の廊下の一角に小さな店ができ、上湯島の女性たちが自分たちの作った野菜やまんじゅう、草餅などを売る、という光景がありました。お客さんは、こういうふうに地元のものを買うのをとても喜んだそうです。また、道路が出来る以前は、お客さんを乗せたトロッコと木材を乗せたトロッコがすれ違う時に、お客さんがトロッコから降りて車体を軌道からはずした、なんていうこともあったそうです。風情あるこのような情景も、時代の移り変わりで見られなくなってしまいましたが・・・。
しかし、時代が変わっても、蓬莱館のお湯だけは変わりません。天野さんは、「メッキはいやだ。純金でありたい。」という想いから、お風呂は今でも源泉から引いたままのかけ流しです。メッキというのは、一見見栄えもよく、大きいものができるかもしれないけれど、一枚はがれれば「何だこれは」ということになります。純金のものは小さいかもしれないけれど、いくら剥がしても純金。お風呂も、循環させたりすれば男女別の内風呂を作れるのですが、源泉のままのお湯にこだわって、湯船はひとつで混浴というのを拡張しないでいるのです。
このようなこだわりのおかげで、数少ない「本物の温泉(=水増ししたり沸かしたりしていない温泉)」の代表としてニュースで放送されたこともあります。その後の反響はものすごく、電話がパンクするほどの問い合わせがありました。
このように今でも源泉から湧き出るままのお湯を使えるのは、源泉を乱掘しなかったからだと天野さんは言います。人間ついつい欲をかいて、「隣を掘ればもっとお湯が出るんじゃないか」とか、「口を広げれば湯量が増えるんじゃないか」などと思いがち。でも、そういうふうに掘ってしまったら、かえってお湯が止まってしまうこともあるのだそうです。天野さんは「欲が出るから必要な時以外は源泉を見るな」といわれて、それを守ってきたので欲に負けず、結果として、今でも本物の温泉であり続けられているのです。
蓬莱館は、温泉や、山、川、空気など、自然の恩恵をいっぱい受けている、と天野さん。だから、早川町のような町がこれから生き残っていくためには、徹底的に自然保護をするべきだ、と考えています。自分たちの手で愛着がわくように木を植えたりしながら、早川ならではの自然を保護していけば生き残れる、と。「自然保護はお金にならない」と考える人もいますが、本気で自然保護に取り組めば、環境省だってお金を出してくれるはず、という所まで読んでいます。
天野さんが目指していることは、上流文化圏研究所と変わりありません。それだけに、「上流研はもっとがんばれ」と叱咤激励を受けました。天野さんに同志だと思ってもらえるように、研究所も頑張ります。
天野さん
居住地 | 西山地区 温泉 |
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取材日 | 2002/08/26 |
取材者名 | 柴田 彩子 |