静かな山にかこまれて

 早川の雄大な自然の中にたたずむ静山荘。90歳になるさきさんは、とてもかわいいおばあちゃんです。旦那さんを早くになくしたさきさんは、昭和31年に西山にやってきてひとりで旅館をはじめました。「静山荘」という名前は旦那さんが大好きだった言葉で、旅館を始める前からこの名前にしようと決めていたそうです。
 昭和31年はちょうどバスが走り始めた年で、湯治に来る地元の人だけでなく登山客がやってくるようになり、四人の子供を育てるさきさんはとても助かったそうです。「むかしは湯治のお客さんが芋や大根を持ってきたりして楽しかった」とさきさんは言います。また20年前に旅館をやめた後でも、ときおり昔なじみのお客さんが登山にやってくる途中に挨拶していってくれるそうです。
 また静山荘は、当初から食事付きの宿でした。当時は温泉旅館で料理を出すということは珍しく、青年会や役場の人がよく宴会などに使ってくれて、さきさんは今でもそのことにとても感謝しているといいます。そういう人たちの助けがあってこそ、今まで楽しくやってこられたと、さきさんは嬉しそうに話します。
 さきさんの四人の子供は、今はみんな早川の外に住んでいて、90歳のさきさんも冬の間は櫛形町にある末っ子の家に行きます。でも夏になると、早川に戻ってきて一人で過ごします。「一人暮らしにも不便はなく、気ままで楽しいです」と話すさきさんは、静かな早川が大好きなんだそうです。また、静山荘の客室だった部屋には慶雲館の従業員とマッサージ師の夫婦も住んでいるそうで、寂しくもならないし、子供も安心して一人暮らしをさせてくれると言います。いまでは集落にもお年寄りが少なくなっていますが、それでもよく訪ねてくれる友達もいて、さきさんは大好きな早川で幸せに過ごしています。
 静山荘は、赤い屋根と窓に張り出した白いベランダが印象的な、おしゃれな建物です。旅館ではなくなったいまでも、静かな山合いを訪れる人を迎えています。

  • 静かな山にかこまれて

さきさん

居住地 西山地区 温泉
取材日 2002/08/28
取材者名 相地 稔