ワラビダイラの名付け親

 雨畑地区には「ワラビダイラ」という地名があります。雨畑川沿いにあるこの地名のいわれについて、宿屋「大黒屋」のおかみさんだった、玉子さんからお話をうかがいました。
 ワラビダイラには、かつては船着場があったり、イカダをつくる貯木場がありましたが、人の住んでいない所でした。玉子さんの先々代のおかみさん、おクノさんは、むかしは薬袋の中之島地区に住んでいました。このおクノさんは商売好きで、ある日船着場の近くでワラビのお寿司や、船頭さんのワラジなどを売る商売を始めました。すると商売は成功し、おクノさんは中之島から、もと大島だった船着場までを通うようになったといいます。はじめのうちは「大島のティラ(大島にある土地の意味)に行ってくる」といって出かけていましたが、いつの頃からか「ワラビディラに行って来る」と言うようになり、「ワラビダイラ」になったそうです。船着場近くはワラビのよく採れるところでした。
 その後、おクノさんはワラビダイラで商売をつづけ、やがて宿屋「大黒屋」をはじめます。林業関係者、ダム工事の人から薬売り・だるま売りなどの行商、シシマイの芸人などさまざまな人々を泊めたといいます。そして大黒屋を皮切りにいろんな店が建ち並んだそうです。その時代から残っている昔のお金(写真)も見せて頂きました。そんな大黒屋も、時代の流れのなかでお店を閉じましたが、話し手の玉子さんは大黒屋の名前を、この土地に残したいとお考えです。宿屋時代の古い建物も今はありませんが、いわれを受け継ぎながら、玉子さんは現在も大黒屋の土地にお住まいです。

  • ワラビダイラの名付け親
  • ワラビダイラの名付け親

玉子さん

居住地 硯島地区 大島
取材日 2002/03/04
取材者名 吉井 勇也