故郷を愛する職人の心

和紙を七・五・三に切り込んで伸ばした「おしんめー」

冬のこの時期、毎日庭で黒文字(樹皮が黒く、嗅ぐと良い香りのする落葉低木)を切っている作一さん。切った枝は茶道などで使う楊枝に加工して使うのだそうです(転じて「黒文字」とは楊枝そのものを指すこともあります)。
 作一さんは奈良田生まれの69歳。中学を卒業後、一度は東海パルプに就職しましたが、昭和29年に西山ダムの建設が始まり、道が通ったのを期に故郷へ帰ってきました。
 当時としては珍しく自動車の免許を持っていたため、帰ってきてから就いた電源開発の仕事でも重宝されたそうです。作一さんは最終的に普通・大型・大特免許を取得。仕事仲間の免許取得のための練習にも付き合い、自動車運転の先輩として一役買っていたようです。
 そんな作一さんは、今では地元文化の継承や復元に大きな役割を果たしている奈良田の活動家の一人。スゲの編み草履や炭焼の復元や、正月などの伝統文化の継承、また炭コタツや薪の五右衛門風呂など生活道具の保存にも積極的です。
 スゲは水気の多い土地に生える稲のような葉形の植物で、稲作を行っていなかった奈良田ではワラの代わりによく使われました。作一さんも子供の頃はこのスゲで編んだ草履を履いていたそうです。ただし、スゲの草履は普通のワラ草履に比べると耐久性が低く、つま先やかかとの部分にはボロ布を裂いたものを編み込んであるものの、ちょっと酷使すると1日で履き潰してしまうような代物。そのため、ご両親が毎晩次の日の分の草履を編んでいたのを覚えているそうです。もちろん安価な靴の普及と共に草履編みの文化は廃れてしまいましたが、昭和57年、台風で集落が孤立してしまった時に、暇つぶしとしてお姉さんの提案でスゲ草履の復元に挑戦。最初は編みの工程を忘れてしまっていて苦労したそうですが、当時を知る人たちと協力してなんとか少しずつ思い出し、今では携帯電話のストラップにもちょうど良いミニ草履も編んでいます。
 炭焼は、町営の温泉施設「奈良田の里」に炭焼窯が作られていたのがきっかけでした。一部が壊れていたこの窯を使って、ぜひ昔ながらの炭を焼きたいと考えた作一さんは、同級生の寛さん、澄男さんと共に町に掛けあって許可をもらい、自腹で修繕。炭の材料にはシイタケ栽培のための原木を採る時に、邪魔になった木を使うのだそうです。こうして作った炭は、自分で作った小さな俵の中に入れて脱臭材にしたり(この俵には黒文字の小枝も使われていて良い香りがします)、こたつの火として使われています。作一さんのお宅には電気こたつもありますが、曰く、炭火に比べると暖まらず、冬場の寒さが本格的になってくると炭しか使わないのだとか。
 作一さんは、伝統のお正月飾りも毎年自分の手で作り続けています。既成のものを買う人が多い中で、和紙を七・五・三に切り込んで伸ばした「おしんめー」や着物の女の子を模した形の「おひなさん」、木の棒を削って花に見立てた「削り花」(これはそもそも正月のお墓参りで、備える花が無いために作られたものだそうです)なども、小刀を器用に使って作ります。取材班も、話だけでは形のイメージがわかなかった「おしんめー」を目の前で作って頂きました。
 また、結婚して最初に生まれた女の子が初めて正月を迎える時に贈る「おぼこ人形」や、男の子に贈る「槌」なども、桐の木を手彫りして作ります。桐の木は切っても切っても切り株から新芽が出て生長するそうで、便利なのと同時に縁起も良いのかもしれません。作一さんの作る「おぼこ人形」は全国でも有名で、さまざまな資料館や研究家からの製作依頼も受けています。
 作一さんは早川フィールドミュージアムの町民プロジェクトのひとつ、遊び部会にも参加していて、ここでは前述の炭俵などの他にうぐいす笛など昔のおもちゃも製作しています。
 とにかく多才な作一さん。工芸や文化保存活動だけでなく、趣味の分野では釣りや写真も楽しんでいます。取材班が見せて頂いた写真の中には、ミヤマオダマキという高山植物も写っていました。しかし、見ると背景は作一さんのお宅の庭先。あれ?と首をかしげた取材班に、「植えた記憶はないんだけどね」と作一さん。聞けば、いつも地下足袋で山を駆け回っていると、いつのまにか種子を運んでしまい、突然庭先に花が咲くことがあるのだそうです。自然の草花を、摘みもせず、植えもせず、それでも庭先で写真に撮れてしまう。山々を愛し、利用し、守り、時には楽しんで来た作一さんだからこそ生まれた楽しみとも言えるでしょう。
 最後に取材班は、作一さんのお宅にある自慢のお風呂を拝見させて頂きました。それは、昔ながらの薪で焚く、五右衛門風呂。ダムが出来て集落が移転した時からずっと変わらないこのお風呂には、やってくるお客さんもみんな喜ぶのだそうです。早川で釣った川魚を肴に焼酎で晩酌、そして薪の五右衛門風呂で一日の汗を流す。山へ分け入り、薪を拾い、乾燥させて保管するという手間と労力の代償に得る、こうした少しの贅沢を楽しめる心が、作一さんの活力の源なのかもしれません。

  • 故郷を愛する職人の心

作一さん

居住地 西山地区奈良田
取材者名 小宮 一穂