働き者のタケ子さん

 タケ子さんは笹走に嫁いでくる前は赤沢の旅館の看板娘でした。旅館では薪をとってくるのは女の人の仕事で、毎日大変だったそうです。笹走のご主人のところにお嫁に来た時は、今年の早川町のカレンダーにあるように花嫁姿で赤沢から沢づたいに歩いて上って来たということです。「車のない時代ですから大変とは思わなかったです。若かったですし・・・」と若い頃を思い出されたようでした。嫁いできたばかりの頃は養蚕を行っており、おばあさんと2人で蚕の世話をして忙しく働いていました。毎日桑を取りに山の上にある畑まで一時間かけて歩いていたんです。やっぱり足腰は丈夫だったのですね。亡くなられたご主人は型枠大工だったそうで、家の中のものはなんでも修理してくれたそうです。ずいぶんと頼りになる方だったと、話してくれました。働き者の夫婦だったんです。
 現在の仕事は専ら畑仕事です。早川町の中でも高いところにあるため空が広く、日もよく照っている笹走の気候を生かしておいしい野菜を作っています。大根、にんじん、大豆など様々なものが収穫できるんです。しかし、腰や足を悪くしていて畑仕事も大変になってきたところです。10年くらい前から猿や猪に作物を食べられてしまうことがあり、昨年からは柵を作って野菜を守っています。たけタケ子の野菜も安心して大きくなっています。健康の秘訣はこの自家製野菜を、野菜炒めにして食べることだとはなしてくれました。おいしい野菜が食べられて健康でいられるなんてなんてうらやましい限りです。

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タケ子さん

居住地 五箇地区 笹走
取材日 2002/02/26
取材者名 今田 治宏