ふれあい

 啓子さんは、白石生まれの白石育ち。結婚して家は変わってもずっと白石で暮らしています。
 そんな啓子さんに昔の話を伺うと、子供の頃は同年代の子供たちも多く、男の子も女の子も混ざって石けりやかくれんぼをしたり、裸になって川遊びをしたりして、子供にとってはとても楽しい時代だったそうです。
 むくの実をむいて中の黒い玉をおはじきにして集めたり、母親の目を盗んで小豆を使ったおてだまを作ったりと、物はなくても作る喜びを知っていたし、放課後にみんなで山へ行ってわらびやぜんまいなどの山菜を摘んでくれば、それが晩御飯のおかずになって、子供ながらに家族生活の一端を担えるのが嬉しくもありました。叩かれれば叩き返すとか、物を取り合うとか、そういうのもふれあいだったと啓子さんは振り返ります。
 啓子さんには3人のお子さんがいますが、上2人のお兄ちゃんが高校へ通うために家を出た後、一番下の娘さんに、TV番組が好きに見られるようになって良かったね、と言ったら、娘さんは「ちっとも良くない」と答えたそうです。そのとき啓子さんは、兄弟や友達同士が争ったり助け合ったり、そうしていることが子供にとってどんなに大切なのかに気付いたといいます。
 今では子供の数も少なく、山へ行っても、よほどその山を知っていなければ山菜も採れない。スクールバスで通う子供たちは、道の途中に何があるかも知らずに暮らしている。それがとても残念だと言っていました。
 啓子さんは年に一度くらいは旅行に出掛けて、外の世界も見ています。去年は霧の摩周湖へも行きました。それでもやっぱり思うのは、たとえ我が子の所だとしても「ここ(白石)よりいい所はどこにもない」のだそうです。
 最後に写真をお願いすると、じゃあちょっと、と席を立って髪を直す啓子さん。いくつになってもオシャレを忘れないのは、愛する白石で隣近所とのふれあいを欠かしていないからかもしれません。

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啓子さん

居住地 都川地区 白石
取材日 2002/02/24