嫁げる者たちへ。

 詔さんのお宅にお邪魔すると、お嫁さん親子が、むくの実を剥いていました。外皮は、透明がかかった黄金色。中の実は、艶やかな黒色。・・・ご自身も、子供の頃は、むくの実で、おはじきをしたそうです。幾ばくも年がいかない頃は、むくの実を、遊び相手である年の大きなお姉さん達に全て取られてしまうことも、しばしばありました。そんな時には、「お庭になっているざくろや、柿の実と交換したら、むくの実をあげるよ。」と、言われたこともあったそうです。果物が珍しい時分の、懐かしいエピソードです。
 お孫さんは、お二人。お姉さんが萌子ちゃん、弟さんが、隆希くんです。4月になれば、それぞれ、北小学校の3年生、保育園の年長さんになります。萌子ちゃんは、詔さんに続いて、身延まで藤間流の日舞を習いに通います。お稽古の曜日が違うので、一緒に通うことは出来ませんが、師事される先生が同じであり、詔さんも安心して見守っていらっしゃるようでした。年に数回あるお披露目に向けて、世代を越えた鍛錬が続きます。
 詔さんの大根のお漬ものは、さえた黄がかかっています。この秘密は、うこん。山菜祭にも粉末状のうこんを出したそうです。大根を漬けるぬかには、うこんをスライスして混ぜ込む。他にも、ざらめや柚の皮、昆布などを入れ込むそうです。しかし、一番驚いたのは、化粧水。35度の焼酎にうこんを混ぜ、3週間よく寝かします。お肌に良いそうですが、困ったことに、みことさんがお酒に弱いので、この化粧水を使うと酔ってしまうことなのだそうです。
 旦那さんの善清さんは、都土木として建設業を営んでおられます。ここ黒桂区は古くから残る伝統的な風習が多く、その分、区長さんのお仕事が大変です。例えば、お正月。元旦は、早朝より神社に集まり、拝んで新年の挨拶をします。2日には、「ぶっきり」と呼ばれる厄払いの準備をする。この際用意する、小さなしめ縄のようなお飾りには、巾着に似せた飾りもつけます。必要なお金や、良いことが貯まる、という意があるそうです。そして、3日には、いよいよ厄払い。詔さんの子供時代、集落の子供達は、みんな先ほどの巾着が欲しい。よって、お念仏の儀式では前の方に陣取るのですが、身体の大きな中学生達が、まだ身体の小さな子供達を押しのけて、とってしまうことも常々でした。また、このお飾りの縄の部分は、わらで出来ているのですが、このわらをよるのも区長さんの役だということです。
 興味深いのは、「おぶく」作り。まず、ご飯茶碗に一杯ずつのお米を、集落の家々を回って、当番の人がもらいます。このお米を、お当番の家で粉にし、熱湯で練ってお団子にし、3~5つ位ずつ、出席した人たちがもらい、次の家には近隣の人が届けるのです。お正月の縁起物で、食べると風邪や病気をしないと言われていました。詔さんのお宅では、このお団子を、お醤油とお砂糖で甘辛く煮付けて召し上がったそうです。その後、集落に住む方が減り、だんだんと風習も簡素化されて、このおぶくは、今は米の粉にて、公民館にて作っています。
 小正月には、全国的にも、珍しい「でく転がし」があります。子供達が仕切って、幸福を願って、各家を巡る行事です。一番年長の男の子が、道祖神様に扮し、子供達が持てる範囲の生木の丸太に顔を描き、(もちろん子供達も墨でメークをします。)、その木を訪ねる家の先々で畳の上を、するように上下にひっくり返します。「いわっとくれ。いわっとくれ。」と言いながら、道祖神さまが前々に皮算用をした予定金額をもらえるまで、その行為が続くのです。「そうそう。畳が傷ついて、そっくり取り替えたこともあったわねぇ。」と、詔さんは懐かしそうに思い返しておられました。
 詔さんの描く、人の理想は、おじいさんです。鉱山にお勤めで、東北や九州へも単身赴任をされていたということです。しつけや、物事に厳しい方ではありましたが、お優しい所も多く、今尚、人間的にみことさんは尊敬されると言います。旧都川村の村長をされていた時期がありました。みことさんの、おじいさんの面影は残していきたいという思いから、蔵は出来るだけ修理保全の方向を考えています。
 お寺の彫り物や、園芸、書道など、おじいさんはとても、多才な方だったようです。お仕事の関係で単身赴任していらした時には、「家庭憲法」や山の売り渡しの方法について、達筆な書で、お書きになりました。この嫁入りする前の娘さんに宛てたという「家庭憲法」。拝見させて頂いたのですが、昭和初期の内容とは、とても思えません。現代に、残し、続かせる意義が十二分にあるものです。(物事は全て最初が肝心、新婚当時の心がけは、永い結婚生活に、重大な影響がある、等々。)
 また、詔さんが子供の頃、お父さんは集落の子供クラブなど育成会活動のため、俳句を教えていらしたことがあったそうです。黒西地区の応援歌も、お作りになり、親子で文才に秀でた方でした。その、黒桂音頭をご紹介しましょう。

 黒桂村々よいとこ どっこいしょ
 水は清いよ 文化の村よ
 嫁も姑も 手に手を取って
 黒桂村中の 黒桂村中の笑い声
 ささ 笑い声

 残念ながら、2番の歌詞からは、詔さんも覚えていらっしゃいませんが、いつか、地区別のこのような歌が、早川に流れるようになったらいいですね。
 この3月に、長年お勤めになったお仕事をご退職される詔さん。これからも何かと大変な様ですが、楽しみながらがんばっていきたいとおっしゃっています。お米は、もう作っていませんが、茶をお宅で飲む1年分を作っているそうです。そのお茶をごちそうになりましたが、早緑の色も美しく、自家製のお茶の美味しさを知ることが出来ました。みことさんのバイタリティーの前には、お仕事をお辞めになってからの方が、もしかしたらお忙しくなってしまうのかもしれません。

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詔さん

居住地 都川地区 黒桂
取材日 2002/02/25
取材者名 奥津 直子