甲斐犬とともに

 「10年後は…、」と家の前に広がる早川べりの畑を眺めながら、68歳になる政男さんは言った。「早川町では、とにかく仕事がないし、部落からも人がどんどんいなくなってだめだ。今、作っている畑もほんのおもちゃ程度、金にはならないよ。」しかも、近年、畑にはサルやイノシシの動物害もある。政男さんによれば、家のまわりには20匹程度の大きなサルの群れが1つ、3~5匹の小さな群れが1つ、そして、1匹のサルがいるという。最近では、1匹もののサルが、畑を荒らしに来る。
 政男さんは甲斐犬の血を引く黒い犬を飼う。ピュッピューと口笛を吹くと犬は政男さんのもとにより、腹を地面に付けて座った。彼は、山をよく歩く根性のある犬だという。ハクビシンなどの動物を捕まえるばかりでなく、サルがくる気配を察知すると勇敢に向かっていき、追い立てて畑をサルから守っている。
 政男さんは、いまだ畑を耕しつづけている。代々耕してきた畑が草に覆われるのが悔しいという思いが強い。実は、よい現金収入になるかは、畑を耕し続けることとは別問題なのだ。実際、3年間も畑を放っておけば、畑は草に覆われ、木も生えて、畑に戻すことができなくなってしまう。それだけは、したくない。今、畑にはダイコン、ネギ、お茶を植えている。その他にも、シイタケを作り、山から薪を採り、風呂を沸かして入っている。
 政男さんは言う。「10年後は…」と。しかし、それは単なる諦めではなく、動物が人間の生活領域を侵し、人が都会へ流出する現状を真摯に受け止めることである。その現状に対して、早川町の伝統的な生き方を自ら実践し、今を懸命に生きていく政男さんの姿を、今回の取材の中に垣間見ることができた。

  • 甲斐犬とともに

政男さん

居住地 都川地区 柳島
取材日 2002/03/02
取材者名 桝 厚生